落語

先行予告

今年に懲りず、来年も落語会を開催します。

・日時 2009年1月17日(土)14時ごろ開演(予定)

・場所 大阪ナンバ千日前トリイホール
    http://www.toriihall.com/hall/index.html

・出演者 小紫蝶・鈴々・桃助・笑平

年中無休のお店で商う者は、忘れずに休みを入れるように。

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リスクマネジメント

半年をかけて準備してきた落語会が昨日終了した。80名収容の会場に150名を超えるお客様が足を運んでくださった。パンフレットも品切れとなり、座布団もなくなった。

素人なので落語会を開催しても、どうしても友人知人に頼らなければならない。会の開催が決まり、チラシが出来上がると来てくれそうな人に告知をして回る。何度もやってるので、だいたい声かけする人は決まってくる。ただ、その告知のタイミングが難しい。早すぎても忘れられるし、遅すぎると他の予定が入ったりする。本番が近づくと「行くよ!」とか「ごめん、あかんねん、がんばってね!」とか言ってくる人が出てくる。そうして、だいたい何人くらいのお客様を呼べるか胸算用する。もちろん、会場を押さえる際には、あらかじめMAXを想定して借りている。ところが今回は大きく目算が狂ってしまった。もちろん、たくさんのお客様にお越しいただけて、こんな嬉しい事はないのだけれど、必要以上に窮屈な思いをさせてしまったことに申し訳なく思うのだ。もう少し余裕のある会場を取っておけばよかったなぁと舞台の上から思ってしまった。リスクマネジメントができていなかったのだ。

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伝承

今日は母校の大学の落研の年に一度の発表会だった。満員のお客様。ウラヤマシイ限りだ。OBたる私も頑張らねばと思う。ただし、苦言をあえて言おう。着物の着方がなってないのだ。帯をきちんと結べている者が誰一人としていない。着物を着た経験のある方はご存知だと思うが、和服という衣装は腰に締める帯一本で支えるのだ。だからこれがちゃんと締めれてないと、着物の裾や胸元がはだけて、まことに見苦しいのだ。帯の締め方は確かにコツがあって、後ろで結ぶと緩まないのだが、前で結んでくるっと後ろに回すとどうしても緩んでしまう。私なんか鏡に映しながら練習したけどなぁ。おまけに、雪駄を履かずに足袋にスニーカーでロビーを歩いている。私は8代目だけど今日演じたのは36代目の面々。少なくとも我々の代はちゃんと先輩から着物の着方を教わったものだ。どこで、伝承が途切れたのか?と考えさせらた会でもあった。

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出番前

今日は福岡遠征。博多で落語をやっている内浜落語会の落語会に出演するのだ。博多での公演は3回目。とにかくお客様がいい。ほんとによく笑っていただける。演っていても気持ちがいい。生の舞台は久しぶりだ。独特の緊張感に包まれた開演前の雰囲気がたまらない。やっぱり、落語はやめられない。

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先行予告!

落語会の日程が決まった。メンバーは2年先輩の小紫蝶さん、立命館OBの鈴々さん、桃助さんと私の4人。場所は大阪ナンバの「ワッハ上方レッスンルーム」。肝心の日にちはというと2008年1月19日(土)である。このブログを読んでる知人友人の皆さん、そして見ず知らずの方でも落語に興味のあるお方。まずは、スケジュール帳にメモしましょう。

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待ってました~!

私が最も好きで尊敬している落語家は、上方の三代目桂 春団治師匠である。和服を着るために生まれてきたようなナデ肩と小柄な体型。しなやかな身のこなし。そしてその体にまとわれた色鮮やかな衣装。落語会で、師匠の出囃子「野崎」が場内に流れ始めると、場の空気が一変する。それまでの和やかな中にも、少しざわついた寄席独特の空気に程よい緊張がブレンドされるのだ。客席が一瞬静まり返り、出を待つ。私もドキドキしながら舞台袖を注視している。「今日はどんな色の衣装だろう?」「何を演られるのだろう?」期待は膨らむばかりである。そして下手に師匠が姿を現し、軽くお辞儀をされたとたん、場内から「待ってました~!」の掛け声と割れんばかりの拍手・・・。そして、物静かな口調で始まる噺。持ちネタはわずか20足らず。ひとつの噺を練りに練り上げ、精密機械のようにいつ何時も、寸分違わず演じきる。演る噺は決まっているのにいつも爆笑してしまう。これこそ本物の「芸」だ。そんな師匠のDVDが発売される。最近の高座より10のネタが収録されているらしい。こないだの「ウルトラQ]のDVD同様、また宝が増えた。「待ってました~!」

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だいぶ先やけど・・・

来年の1月くらいに落語会を開くことにした。メンバーは、以前「ボタン鍋」のところで書いた2年先輩のめちゃ上手い先輩と立命館のOB2名と自分の4名だ。社会人になると人前で落語を披露する場は激減する(←当り前)。だから、演りたい!と思ったらまず日を決め、会場を押さえる。披露する場が少なくなれば自分で作るのだ。そうすることでいやでもその目標に向けて邁進せざるを得ないように自分を縛る。次はネタ選び。学生時代は次々にネタを覚えても発表の場はたくさんあったから、違うネタを何回もかける(註:高座で演じること)ことができた。しかし、昔覚えたネタなどはとっくに忘れているし、発表の場もないから、この頃は会の予定が決まれば、演りたいネタを覚えるというパターンになっている。そして、会が終わればそのネタもオクラ入りする。よく友人から「毎日稽古してんの?」などと聞かれるが、目標もないのに稽古などできるわけがない。かといって、会の開催が決まったからといって、そんなに必死に稽古するわけでもない。1ヶ月前くらいから毎日繰る(註:稽古すること)くらいだ。家で家族から隠れるように障子を閉め切って稽古をしている。気分が乗ってきた!調子ええゾ!と思ったら、突然、普段ほとんど鳴らないケータイが鳴る。集中力が途切れ、一気にテンションが下がる。そうなると、もう一から始める気にはなれなくて、稽古を中止する。そんなこんなであっという間に当日を迎える。会の当日は楽屋入りしてバレる(註:終演のこと)まで驚くほど早く時間が経つ。時は非情だ。稽古不足を待ってはくれない。

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私と落語その4

どきどきの落研デビューから2週間が経った。クラブで歓迎コンパを開催してくれた。これがただのコンパではない。このコンパは新入りに「芸名」と扇子、手ぬぐいを授与されるという一大儀式なのである。コンパの始めに当代の会長から芸名の発表があった。墨の色も鮮やかに、見事な寄席文字で名ビラにもうひとつの自分の名前が書かれていた。「四笑亭 笑平(よんしょうてい しょうへい)」。晴れて落研の会員になれたのだ(←それがどーした!)このブログのタイトルもこの芸名から取ったものだ。以降は、老人クラブへの慰問や学内寄席、そして落研に入るきっかけとなった大学祭への出演、はたまたテレビラジオ出演と華々しい活躍の日々を過ごすことになるのである。しかし、女の子には全くモテず、なぜか友達だけが増えていくという哀れな学生生活でもあった。こうして出会った落語の世界、実は今も細々とではあるが続けている。当時の2年先輩でめちゃめちゃうまい方がおられた。この方の大学祭の舞台を見て入会しようと決意した程である。この方も社会人になってからも1年に1回程度、ホールを借りて知人友人を集めて落語会を開催されているのだ。そこへ出演させてもらったり、そのうち自分も会を主催したりというパターンでもう25年以上が過ぎている。最も、開催のペースは不定期で気が向いたら「やろか?」「やりまひょうか」といった具合である。でもありがたいことに友人などからは「最近、落語会せーへんの?」などと言われるとやはりお世辞とわかっていてもうれしいものなのだ。今の夢はそんなに遠くない現実である定年を迎えたとき、その先輩とボランティアで高齢者の方の為に施設を訪問して落語ができればいいなと思っている。幸い、落語という芸は年を取れば取るほど枯れた味わいが醸し出されるものなのだ。体力が衰えても、舞台の袖から舞台まで歩ける力と口さえ動けばいいのだ。落語人生はこれからがスタートだ。おしまい。

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私と落語その3

余韻が覚めやらぬうちに大学祭が終わった。キャンパスには静けさが戻ってきた。私の頭の中には、落語がぐるぐる回りはじめていた。音楽のサークルにもあまり身が入らなくなっていった。バンドのメンバーとも何となくしっくりいかなくなっていた。そして、キャンパスを歩いていると、どこかで見覚えのある顔に遭遇するようになった。どこかで見たけど誰やったかなぁ?そうだ!落語をやってはったあの人だ!着物姿の時と普段着の落差にもなぜか感動した。そして、そのうちにいろんな人と出会うようになった。同じキャンパスにいるのだから当たり前なのだが。でも、街を歩いてて有名人に出会った時のような気持ちになったのだ。そして、何とかそっちの世界へ行きたい!と真剣に思い始めた。そして、運命の1978年1月13日の金曜日、落語研究会に入会を申し込んだのである。1年生も終りかけの寒い日であった。正式なクラブではないので、当時は部室はなく、屋外の決まった場所でいつも活動していた。初めての顔合わせの日、昼休みに溜まり場へいくとあちこちから磁石に吸い寄せられるようにメンバーが集まってくる。いるいる!あの時のスター達が!当然ながらみんな芸名で呼び合っている。それだけの事なのになぜか別世界に足を踏み入れたような気がした。も少し続く。

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私と落語その2

何気なく覗いた大学祭の落語会。場内は立ち見もいるほどの超満員だ。確か雨が降っていたと思う。そのせいもあったのだろうが、すごい熱気だった。そして、またよくウケている。クスグリ(註1:笑いのツボ、ギャグの事)というクスグリで面白いようにウケる。次から次へ演者が変わる。その度にお客も入れ替わる。でも入場を待っているお客が次々にやってくる。そして、また新しい落語が始まるとまた大うけ・・。この繰り返し。これが同じ学生か?明らかにお客である私と演者である彼らとの間には埋められない結界(註2:芸人とお客の境目の事)が存在した。私もついさっきまで模擬店にやってくるお客の前でギターを弾いていたのだ。はたしてお客は僕らの演奏を聴いてそこに結界を感じただろうか?今から思えば、お客が落語を知らない軽い(註3:よく笑う)お客だっただけなのだが、客席の私は彼らが綺羅星のごとく輝くスターに見えたのである!その時、自分の心の中で何かが弾けた。まだ続く。

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私と落語その1

思い起こせば、大学の落研の門を叩いたのは1978年1月13日の金曜日であった。よくしょうーもないどうでもいい日付とかをよく覚えている人がいるが、たぶん自分もそうだと思う。大学に入ったら、音楽をやろうか落語をやろうか迷っていたのだが、入学式の時に音楽のサークルが目立っていて、落研は見当たらなかったので、そちらに入った。音楽は音楽でコンサートにも出させてもらったりそれなりに楽しく過ごした。アリスのコピーをやっていて一応、1年生のバンドの中では一番上手かったのだ。多分に相棒の歌の上手さに助けられていたけど。秋の大学祭の期間中、模擬店のステージでバンド演奏をしていた。1日2ステージくらいだから、ステージの合間に他のクラブの模擬店や催事を見に行っていた。落研も教室で落語会をやっていて、何気なく覗いてみた。まさかこれが自分の人生の転機になろうとは、その時は思いもしなかった。続く。

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落語仲間

以前書いたように私は素人だが落語をやっている。大学時代の落研の延長である。ほとんどは、社会人になるとクラブ活動から疎遠になる。当たり前だが。我々の仲間でも続けているのはほんの極わずかだ。その中のまたまた極わずかがプロへの道を選んだ。続けているといっても、1年か2年に1回舞台を踏むかどうかのレベルだ。今日は、数少ないそんな仲間と再会した。その仲間の友人も来ていた。その方とは初対面であったが、利害関係のない共通の話題で盛り上がり、大変楽しい時間を持てた。落語をやってる人間には独特のニオイというかイロがある。それは、決してスポーツマンにはないモノだ。落語をやっているというと知らない人は「陽気な明るい人やなあ・・。」と大概思うだろう。ところがどっこいストトントン、である。意外とネクラが多い。かく言う私もそうである。ふだんは、地味で目立たないが舞台や自分ひとりが注目されるシチュエーションとなると別人のように光り輝く!(と自分では思っている)その自分の中に秘めた二面性を自慢に思っているような人が多い。でも何十人あるいは何百人もの不特定多数が自分ひとりだけを見つめている。自分ひとりが発した言葉にその不特定多数が反応する・・。これは一度味わうと止められないのだ。

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